●堀江友聲による本作は、墨の濃淡を巧みに使い分けた静かな山水画です。
●遠くに霞む山並みと手前に続く山道が穏やかに描かれ、その中に 天秤棒に桶を下げ、水や荷物を運んでいる人物の姿が添えられています。
●自然の風景の中に、昔ながらの人の営みがそっと溶け込むように表現された、落ち着きのある一幅です。
●年中掛けとしてお楽しみいただけます。
本紙・表装共に良好(美品)です。
享和二年(1802年)に生まれる。本姓森山氏、通称善三郎後に善之丞と改める。字は斧巌、名は精一、初名豊信という。雲峰・盛伯・遷喬・豈楽等の数号あり。祖の堀江五右衛門は松江藩士であったが、故あって謹責を蒙り、大原郡大東町に隠棲し、義子祐兵衛は商家となり母方の森山姓を名乗る。友声はその次子である。文化12年14才の時画門に入り、竹内衝山に師事し雲峰の号をもらう。16才の時京都に上り初め山本探渕につき盛伯の号を受け、宋・元・明及び京の諸大家の画法を学んだ。22歳の時諸国を遊歴すること数年、特に毛利萩藩侯の寵を受け、多くの大作を残した。天保元年(1830年)29才の時再び京に入り、海北友徳のかねてからの懇望によりその養子となり海北斎宮介精一と称し、友声斧巌と号した。後故あって離縁し、郷里へ帰り堀江家を継いだ。再び諸国を遊歴すること十年、丹後宮津藩の藩士に乞われたが、故郷の両親尚在るをもって、丹後宮津藩を辞し、帰郷した。嘉永4年雲州広瀬藩の藩士として召し抱えられ御用絵師となる。明治6年9月15日、広瀬町で72才で没したが、その間五十余人の弟子を育てた。
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