●【共箱・二重箱】
●【箱の表面】画題:淀能川瀬図
●【箱の裏面】落款サイン:渓仙自署印
●【共箱・二重箱】
明治12年福岡市博多区麹屋町に生まれる。本名鎮五郎。字は隆鎮、別に雪仙・渓山人・久鼓庵・久鼓山人の号がある。黒田候御用絵師衣笠守正について狩野派を学んだが、明治29年上洛。翌30年都路華香の門下となり、書生として同家に住み込み、四条派を学ぶ。禅・キリスト教を研究し、奈良平安朝の仏画、さらに仙崖に傾倒するなど、次第に四条派を離れ独自の画風を形成した。画人以外の友人も多く、明治43年以来河東碧梧桐らと交友し、俳誌「土」の表紙絵を20年にわたって描いている。大正元年第6回文展に「鵜船」で横山大観に認められ、以後再興院展に出品し、院友から院同人となる。大正15年には、要請によりフランス・ルクサンブール美術館のために「神庫」を制作、寄贈している。昭和10年帝国美術院会員となるが、翌11年6月辞表を提出、その直後の7月6日京都市の自宅で脳溢血のため死去。享年57才。
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