嵐峡雨罷(らんきょう うば)
商品番号:5342

嵐峡雨罷(らんきょう うば)

富田 渓仙
38,000

作品概要

カテゴリー:

略歴
富田 渓仙 - とみた けいせん (1879~1936)
明治12年福岡市博多区麹屋町に生まれる。本名鎮五郎。字は隆鎮、別に雪仙・渓山人・久鼓庵・久鼓山人の号がある。黒田候御用絵師衣笠守正について狩野派を学んだが、明治29年上洛。翌30年都路華香の門下となり、書生として同家に住み込み、四条派を学ぶ。禅・キリスト教を研究し、奈良平安朝の仏画、さらに仙崖に傾倒するなど、次第に四条派を離れ独自の画風を形成した。画人以外の友人も多く、明治43年以来河東碧梧桐らと交友し、俳誌「土」の表紙絵を20年にわたって描いている。大正元年第6回文展に「鵜船」で横山大観に認められ、以後再興院展に出品し、院友から院同人となる。大正15年には、要請によりフランス・ルクサンブール美術館のために「神庫」を制作、寄贈している。昭和10年帝国美術院会員となるが、翌11年6月辞表を提出、その直後の7月6日京都市の自宅で脳溢血のため死去。享年57才。
本紙
絹本(小幅)
サイズ
【本紙】幅 26.5 × 高さ 109cm
【総丈】幅 38.5 × 高さ 192.5cm
軸先
合わせ箱
備考
●「嵐峡雨罷」とは、嵐山の谷あいで雨がやみ、景色がしずかに明るさを取り戻すようすをあらわした言葉です。
雨上がりの山は霧がほどけ、川面にはやわらかな光が差し、まわりの空気もすっきりと澄んでいきます。
その落ち着いた雰囲気をそっと描いたのが、この題のイメージです。
●春掛けとしてお楽しみいただけます。
状態
【天地替え済】表装は中廻しを残して天地替えを行いましたので良好です。

詳細写真

Detail

●「嵐峡雨罷」とは、嵐山の谷あいで雨がやみ、景色がしずかに明るさを取り戻すようすをあらわした言葉です。
雨上がりの山は霧がほどけ、川面にはやわらかな光が差し、まわりの空気もすっきりと澄んでいきます。
その落ち着いた雰囲気をそっと描いたのが、この題のイメージです。
●春掛けとしてお楽しみいただけます。
●掛軸の天が痛んでいたので天地取り替えを致しました。
●表装の中廻しは画格に釣り合った上質な金襴裂地が使われております。
●「嵐峡雨罷(らんきょう う ば)」は、嵐山の峡(谷あい)に●雨がやみ、静けさが戻る一瞬を詩語として表した題になります。
●「雨罷」は“雨がやむ”という古典語で、京都の情景と非常に相性が良い語です。
嵐峡雨罷 渓山人印
合わせ箱

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