●淡い月影を背景に、一羽の雁が静かに羽ばたく姿を描いた一幅です。
●野々内保太郎先生らしい端正な筆致で、羽の重なりや体のひねりが丁寧に表現され、一瞬の動きと空気の澄んだ静けさが同時に伝わってきます。
●背景の月はあえて控えめに描かれ、雁の姿を引き立てながら、画面全体に柔らかな光を添えています。
●余白の美を活かした構図で、掛ける空間に落ち着いた品格をもたらす作品です。
●秋、冬掛けとしてお楽しみいただけます。
明治35年(1902)島根県八束郡出雲郷村(現・松江市東出雲町出雲郷)に、農業を営む野々内豊太郎の二男として生まれる。名は安太郎。初号は祥雲。子の野々内良樹(長男)・井上稔(次男)・野々内宏(三男)も日本画家。
堀江有声・国井応陽・小村大雲らに学んだ後、昭和5年(1930)京都市立絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)に入学し、中村大三郎に師事した。在学中の昭和7年(1932)、第13回帝展に《みやまの春》で初入選し、号の祥雲を保太郎に改める。同年に同校の選科を卒業し、西山翠嶂の画塾「青甲社」に入塾した。昭和11年(1936)春の改組帝展に《時雨》、秋の文展鑑査展に《深山木》で入選を重ね、新文展にも2回入選した。戦後は昭和21年(1946)春の第1回日展から入選し、以後は日展・青甲社展・京展などに花鳥画や風景画を出品した。昭和33年(1958)に翠嶂が没すると、同志と牧人社を結成し、西山英雄に師事した。昭和51年(1976)日展会友となる。花鳥画を得意とし、戦後の日展に厚塗りの大作を発表する一方、細密描写による軸装の、色鮮やかな花鳥画を数多く制作した。
昭和60年(1985)老衰のため京都市で没。享年84歳。
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