田中 頼璋 【全山紅葉】 掛軸 - Tanaka Raisho, Japanese hanging scroll (kakejiku)
商品番号:1838

全山紅葉

田中 頼璋作
定価 35,000円
SALE
18,000円

作品概要

略歴
田中 頼璋 - たなか らいしょう (1866~1940)

慶応2年(1866)、石見国邑智郡市木村(現・島根県邑智郡邑南町)に生まれる。名は大治郎。初号は豊文、別号は頼章。父は庄屋をつとめる田中助左衛門で、その二男。
17歳の時に画家を志して萩に出て、森寛斎に師事し豊文と号した。その後広島で軍務につく。明治35年(1902)上京して同流派の川端玉章に入門し、頼章と号して写生風の山水画を描いた。明治36年(1903)日本美術協会展に《楼閣山水》を出して三等賞銅牌となり、明治37年(1904)の《山居水住》で銀牌を受けて出世作となった。その後も日本美術協会展で受賞を続ける一方、巽画会審査員・日本画会評議員をつとめ、川端画学校の教授となった。明治40年(1907)東京勧業博覧会に《群猿》で三等賞牌を受賞。明治41年(1908)第2回文展に《鳴滝》で初入選して三等賞となり、以後も文展で入賞を重ねた。大正4年(1915)《四季の山》で二等賞、大正5年(1916)・大正6年(1917)には《山月四趣》《桂瀑四致》で続けて特選となり、文展旧派の実力者として活躍した。大正4年(1915)号を「頼璋」に改める。帝展においては、大正8年(1919)推薦、大正13年(1924)委員となり、第5回帝展の審査員をつとめた。昭和元年(1926)の第1回聖徳太子奉讃美術展にも入選した。また、邸内に天然画塾を開くなど、後進の指導にも当たった。関東大震災以後は広島に居を移し、悠々自適の生活を送る。中国画を学び、写生味の強い山水画を得意とした。
昭和15年(1940)2月16日、広島市の自宅で没。享年75歳。

本紙
絹本(ミニ掛軸)
サイズ
【本紙】幅30×高さ22cm
【総丈】幅39.4×高さ102cm(ミニ掛軸)
箱
桐製・合せ箱
備考
ミニ掛軸ですので、ご注文の際は寸法のご確認ください。
秋掛けとしてお楽しみ頂けます。
状態
新たに仕立て替えましたので本紙・表装共に綺麗です。

詳細写真

Detail


↑
(ミニ掛軸)






お問い合わせ・ご注文

Contact

【お電話からのお問い合わせ・ご注文】

受付時間 10:00~22:00
※商品のお問い合わせの際は「商品番号・作者・作品名」をお知らせください。スマートフォン・タブレットでご覧の方は電話番号をタップするとそのまま発信いただけます。

【FAXからのお問い合わせ・ご注文】

0853-31-8007

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Acrobat Readerが必要です。お持ちでない方は下記バナーリンクよりダウンロードください。

【メールフォームからのお問い合わせ】

メールフォームからのお問い合わせは24時間受け付けておりますので、お気軽にご連絡ください。通常1~2営業日以内に返答いたします。

【買い物かごでのご注文】

当サイトの「買い物かご」システムより、Web上で簡単にご注文いただけます。ご利用の流れや発送・送料に関しては下記をご確認ください。