





本紙の中央から落款上部までの辺りに折れがありますが、鑑賞には気にならない程度です。


【鑑定・二重箱】
箱書鑑定人は大谷 句佛(おおたに くぶつ)
明治8年京都市東六条の生まれで、22代法主大谷光瑩の次男。明治17年に得度し、41年東本願寺第23代法主となった。俳句を河東碧梧桐に学び画を竹内栖鳳に学んだ。昭和18年没。享年69才。
箱書鑑定人は大谷 句佛(おおたに くぶつ)
明治8年京都市東六条の生まれで、22代法主大谷光瑩の次男。明治17年に得度し、41年東本願寺第23代法主となった。俳句を河東碧梧桐に学び画を竹内栖鳳に学んだ。昭和18年没。享年69才。

【箱の表面】画題:栖鳳先生喜雀図

●昭和7年壬申(みずのえさる)初夏
●当時栖鳳先生は神奈川県湯河原にて病気療養のため、
師弟関係でもあった句佛氏が代筆されたものと思われます。
●大谷 句佛(おおたに くぶつ)
明治8年京都市東六条の生まれで、22代法主大谷光瑩の次男。明治17年に得度し、41年東本願寺第23代法主となった。俳句を河東碧梧桐に学び画を竹内栖鳳に学んだ。昭和18年没。享年69才。
●当時栖鳳先生は神奈川県湯河原にて病気療養のため、
師弟関係でもあった句佛氏が代筆されたものと思われます。
●大谷 句佛(おおたに くぶつ)
明治8年京都市東六条の生まれで、22代法主大谷光瑩の次男。明治17年に得度し、41年東本願寺第23代法主となった。俳句を河東碧梧桐に学び画を竹内栖鳳に学んだ。昭和18年没。享年69才。

●【箱の裏面】落款サイン:句佛題答印
●箱書鑑定人は大谷 句佛(おおたに くぶつ)
明治8年京都市東六条の生まれで、22代法主大谷光瑩の次男。明治17年に得度し、41年東本願寺第23代法主となった。俳句を河東碧梧桐に学び画を竹内栖鳳に学んだ。昭和18年没。享年69才。
●箱書鑑定人は大谷 句佛(おおたに くぶつ)
明治8年京都市東六条の生まれで、22代法主大谷光瑩の次男。明治17年に得度し、41年東本願寺第23代法主となった。俳句を河東碧梧桐に学び画を竹内栖鳳に学んだ。昭和18年没。享年69才。

●【共箱・鑑定・二重箱】