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深山の月(田中 頼璋 作)

商品番号1193
価格

売却済

商品名深山の月
作者田中 頼璋
略歴田中 頼璋 (たなか らいしょう)
慶應二年八月十日(1866)島根県邑智郡市木村の庄屋田中助左衛門の次男として生まれる。本名を大治郎といった。十三才頃から父助左衛門について漢書を学び、十七才の時に画家を志して萩に出た。萩では四条円山派に属し後に帝室技芸員になった森寛斎について画業にはげみ、高木春文について詩文、書を学んだ。その後、豊文を号し広島県下などを絵行脚して彩筆を揮い、明治三十二年、三十二才の時に上京し、当時帝室技芸員で四条円山派の大家であった川端玉章の門に入り頼章と号し写生風の山水画を描いた。明治三十六年日本美術協会展覧会に「楼閣山水」を出品して銅牌を、翌三十七年には市木の里の炭焼と広島大田川の簗漁を描いた「山居水住図」双幅で銀牌を授賞した。さらに、神田駿河台の自宅に天然画塾を開いて後進を指導したり、明治三十一年に創立させた日本画会にも若手の一人として参加しており、文展が開催される以前から中央画壇で活躍し、明治四十年には川端学校の教授となった。同年、文展が開催されるや旧派に属す代表画家として注目され、第二回文展では断魚溪の上流の鳴滝と称する大瀑布を描いた大作で三等賞に入賞した。この頃三度にわたって明治天皇画会行幸の際の御前揮毫を拝命している。大正四年に号を頼璋と改め日本画会その他の審査員になると共に文展での入賞を重ね、第十回文展(大正五年)より授賞制度が廃止され特選と推薦の二種になると「山月四趣図」で、第十一回文展では「桂瀑四致図」で特選に、大正八年の第一回帝展では「木曾の山図」で推薦にあげられ、帝展審査員となった。また、第五回帝展に「滝二題」を出品し、以後毎年無鑑査出品を続け、後に帝展委員を勤めるなど旧派の代表作家として重きをなした。しかしながら旧派の衰退は時代と共に決定的となって関東大震災を機に広島市二葉の里に居を移し、後継の育成に努めながら漢詩・儀太夫・俳句などの中で悠々自適の生活を送った。昭和十五年(1940)没、享年七十五歳。
本紙絹本(尺五立)
寸法本紙:幅41×高さ129cm
総丈:幅55.8×高さ234cm
軸先象牙
合せ箱・タトウ箱付
備考春掛け・夏掛けとしてお楽しみ頂けます。
(4月~9月)
状態※縦の長さが234cmで、だいぶ長めです。
天地をカットして短く出来ますのでお気軽にお問合せ下さい。

本紙にヤケ等ありますが鑑賞には
気にならない程度です。

表装は良好の方です。




  • 画格に釣り合った上質な裂地が使われております。

  • ※縦の長さが234cmで、だいぶ長めです。
    天地をカットして短く出来ますのでお気軽にお問合せ下さい。
















  • 合せ箱・タトウ箱付


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深山の月
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