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商品番号 C-038  
価格 売却済み
商品名 御即位之図
作者 谷口香きょう作 きょう⇒山+喬
略歴

谷口 香キョウ  たにぐちこうきょう (1864−1915)
元治元年8月大阪に生まれる。旧姓辻。本名雅秀。通称槌之助。後楽斎とも号す。明治16年幸野楳嶺に師事、四条派を学び、24年京都青年絵画共進会で二等賞銀印、28年第4回内国勧業博覧会で妙技三等賞、同年日本青年絵画共進会で三等賞、30年第1回全国絵画共進会で3等銅牌、33年パリ万博で銅牌を受賞するなど、めざましい活躍をみせ、菊池芳文、竹内栖鳳、都路華香とともに楳嶺門下の四天王と称される。この間、21年栖鳳らと煥美協会を結成「美術叢誌」を刊行。27年京都市美術学校教諭となり、35年渡欧ヨーロッパ各地を巡り36年帰国、42年開校した市立絵画専門学校教諭を兼任、文展審査員。有職故実に精通して京都画壇の歴史画の第一人者として認められていた。大正4年11月9日京都市で没。享年51才。


猪飼嘯谷先生箱書き鑑定

猪飼嘯谷 いかいしょうこく (1881−1939)
明治14年4月12日、京都に生まれる。本名敬真。通称宇吉(卯吉とも)。谷口香キョウに師事し、歴史画を学ぶ。明治33年京都市立美術工芸学校を卒業、同校助手となり、38年助教授となる。明治41年第2回文展に「閨愁」で初入選、その後も大正5年第10回文展まで5回ほど文展に歴史人物画などの力作で入選を重ねるが無賞に終る。この間、京都美術協会、後素協会の会員となり、母校の教諭と京都市立絵画専門学校助教諭を兼任。6年市立絵画専門学校助教諭となる。大正8年日本自由画壇の結成に参加、帝展に出品せず、9年からの日本自由画壇展に出品を続ける。大正14年市立絵画専門学校を退職、昭和9年明治神宮聖徳記念絵画館の壁画「御即位礼図」を制作、11年秋の文展招待展に「衆議」を招待出品。12年自由画壇を退会、官展に復帰して第1回新文展に「待機」翌13年第2回展に「頼朝手向の躑躅」を無鑑査出品する。青竹会を主宰。昭和14年6月16日京都市で没。享年58才。

本紙 絹本  (尺五立)
寸法 本紙:幅42×高さ127cm
総丈:幅56×高さ222cm
軸先 象牙

鑑定箱・二重箱 (弟子の猪飼嘯谷先生鑑定箱)

備考

【箱書き】 御即位之図
先師香橋藤原雅秀先生絹本絶筆會心之作
大正四乙卯(きのとう)晩秋下澣 嘯谷藤原敬真答之印
下澣(かかん) とは毎月の20日以降の事。月末。

箱書きは香橋先生が大正4年11月9日に亡くなられた月末に
書かれたものと思われます。

年中掛けとしてお掛け頂けます。

状態

本紙・表装共に良好です。

図柄に似合った上質な金襴裂地が使われております。

 

図柄に似合った上質な金襴裂地が使われております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鑑定箱・二重箱


   

箱の表面と裏面

  

箱の裏面

先師香橋藤原雅秀先生絹本絶筆會心之作

大正四乙卯(きのとう)晩秋下澣 嘯谷藤原敬真答之印

下澣(かかん) とは毎月の20日以降の事。月末。

箱書きは香橋先生が大正4年11月9日に亡くなられた月末に書かれたものと思われます。

 


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